セミナーの様子

第1回権利擁護についてのセミナー行われる
 

 去る2002年 2月17日、藤沢市民会館小ホールにて第1回権利擁護についてのセミナーが開催されました。本セミナーでは、権利擁護に関する制度、システム構築の課題、その実践方法の一つである「オンブズマン」について理解を深めることを目的としています。さらには多くの市民の方々が、わたしたちのオンブズマン活動に参画をしていただき、市民が主体となる福祉コミュニティをこの湘南の地から発信していきたいと切望しています。

【市民セミナー概要】
基調講演
講師 池田恵利子 氏(社団法人日本社会福祉士会副会長)
シンポジウム
(司会)
●相川 裕 氏(弁護士)

(シンポジスト)
●山田 勝 氏(社会福祉法人翔の会湘南鬼瓦 利用者)
●八尋英和 氏(特別養護老人ホーム カトレアホーム 利用者)
●厚坂幸子 氏(横浜ふくしネットワーク・オンブズパーソン)

●小川泰子 氏
(Sネット21代表・特別養護老人ホーム ラポール藤沢施設長)
●江崎康子 氏
(施設利用者保護者・神奈川県自閉症児・者親の会連合会広報部長)



【セミナーにかけた思い】
 オンブズマン 大石 剛一郎

 97年夏から足掛け5年。施設訪問を中心に、訪問して話を聞く、活動について皆で話し合う、もちかけられた相談に対応して具体的に動く、施設に意見を言う、などの活動をしてきました。その間、職員の研修に関わったり、このようなセミナーで報告したりしたこともありました。
 オンブズマン活動、権利擁護活動をやればやるほど、市民(一般化、参加、浸透、意識、フットワーク、根付き)の重要性を
思い知らされます。いろいろな面で、地の利の大きさを痛感してきました。
 現代社会を見るとき、「生産力の向上」と「経済成長」に支えられた「物質的な豊かさ」の追求に明け暮れるのはもう時代遅れだと思います。生活の質をどのようにして高めるか、生きやすい社会をどのようにして作るか、がいろいろな場面で問われています。
 市民による、福祉分野での権利擁護活動は言わば「情けは人のためならず」です。 人権は単なる「抽象理念」ではありません。社会的に弱い立場に立って、自分らしく主体的に生きることや人権さえも脅かされる、・・・それは「明日はわが身」です。自分のことは自分で守らなければいけません。お上まかせではいけません。それがセルフ・アドボカシーです。市民が自分で自分を守り、自分で自分を実現していく生活。私たちのオンブズマン活動を、そのための一つの方法として、提言したいと思います。それが私たちの5年間の活動の結論であり、同時に今後の活動のスタートです。



【セミナー感想】
 茅ヶ崎地区自閉症児・者親の会  上杉桂子さん

 2月17日のオンブズマン市民セミナーに参加した。 会場は昨年と同様藤沢市民会館小ホールだが、それまで3回ほど続いたSネットセミナーとは明らかに雰囲気が違った。
 参加者は私も含めて、地域ネット型オンブズマン活動の経過を、例年通り聞きに来た諸関係者が多かったように見えた。しかし、今回の対象は関係者だけではなく、ごく普通に街で暮らす人々なのだ。そんな中での基調講演「市民が創る福祉コミュニティをめざして」は、障害児の親という立場でありながら、いつの間にか当事者性を失いかけていた私に、一個人に立ち戻って考えるきっかけを与えてくれた。
 池田恵利子氏は、自身の否定された育ちからの脱却を障害児者の権利に重ね合わせて、人は誰でも自分の人生の主役になり続ける事、自分の人生は自分自身が引き受け、その事に尊厳を持つ事が、契約の福祉社会を主体的に生きる道だと力強く語った。それは初め、何を今更という気恥ずかしさで私を捕らえたが、上っ面のシステムや目新しい方向性にばかり、つい食指を働かせる自身の浅はかさを、充分に戒める警鐘となった。
 午後に行われたシンポジウムでは、利用者・オンブズマン・施設の三者間の発言に、それぞれの微妙な思いのニュアンスが感じられた。山田氏がかつて「この職員の言ってる事って、何かヘン。」と素朴に感じた子供心の確かさ。江崎氏の言う「親側の『これがいいだろう。』とする思いこみ」による無意識の権利侵害。厚坂氏の所属するYネットの活動によって得られた物のひとつは、「問題を市民で共有して(社会化して)いかなければ、結局は根元的な解決はありえない。」という限界だった。どの立場の発言も、現場のリアリティに満ちていて、聞く側は嘆息と共に、権利を護り行使する事の困難さを思い知らされる。浮かび上がってくる障害児者に対するごく日常的な権利侵害の実態は、その日常性のゆえに、「気づかれない」「当たり前の事」「言えない」「仕方がない」の構図を呈し、そのまま、また日常の中に埋没していく。思えば、生まれて数十年、健常者として地域に暮らして、「権利侵害を受けた。」とはっきり確認できる事例が自分にどれほどあっただろうか。今、障害のある人が身近に受けるごくささいな権利侵害を、もしひとつでも自分が受けたら黙っていられるだろうか。それは、自分にとってあまりにも非日常の出来事で、我慢できるような事ではないだろう。権利が護られる中での非日常的な出来事が私たち健常者の権利侵害だとしたら、障害児者のそれは、全く逆である。昼休み、グレートタカシックバンドの若山氏は、音楽という自由な環境の中で、実に伸びやかな演奏を聴かせてくれた。こういった講演の中で語られる障害児者とは、全く別の世界にいる彼を感じることは心地よかった。どんな障害児者でも、どんなシーンであっても、演奏中の彼のような自由な人でいられるようにと願わずにはいられない。
 後半の質疑応答の中で取り上げられた、障害児者の育ちについてのシンポジストの回答に、本人支援についての示唆があった。「普通」の市民感覚、そして「選び」の大切さである。小さい時から選びの機会を与えれば、それは何よりも強力なエンパワーとなるだろう。それこそが権利の入り口に置かれた道標ではないだろうか。私たち最も身近にいる人間や、それを取り巻く社会のひとりひとりが、まず彼らの選びを見つけ、支え、心とカタチで保障していかなければと、改めて痛感した一日であった。



【利用者の声に触れる場】
 市川裕剛さん

 今回のオンブズマンセミナーは、まさに利用者の生の声に触れる場でした。生の声には、利用者の日々の営みに裏打ちされた真実があります。 セミナー参加者の意見の中に、利用者の声を聞くことは、利用者のわがままを認めることではないか、と言う意見がありました。これに対して、利用者の山田さんは、「わがままかどうか、まずは話を聞いてから判断してほしい。」といった趣旨のことを言われました。このことは、そもそも、利用者からの発言すら困難であるという現状を表していると思います。私たちの想像以上に、利用者が声をあげるということは、困難な場面が多く、あきらめたり萎縮してしまうことが多いのだと考えられます。このような状況の中で、利用者が声をあげるということは、利用者にとってのエンパワメントだけではなく、聞いている私たちにとっても大きな意味があります。それは、利用者が何かを言うイコールわがまま、という図式の間違いに気づくだけではありません。利用者の存在を認めるという、価値観の大きな転換につながるものなのです。オンブズマンの活動は、利用者の権利擁護が基本となります。しかし、その活動の結果は利用者の権利擁護にとどまりません。それは、尊厳ある人間として、お互いを認めあえること、ノーマライゼーションを実現する力になるのです。オンブズマンセミナーが、利用者の発信の場として活かされるよう、今後の活躍を願っています。

  ※上杉さん、市川さん、ご執筆いただきどうもありがとうございました。なお、市川さんにはその後今年度のオンブズマンになっていただきました。

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